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愛犬&山旅生活 with EOS

愛機 Canon EOS 5D MarkⅢ、kissX7で、我が家の愛犬や山旅風景を撮影する、写真ブログです。

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地図遊び 

正式名称はよく分からないのですが、
紙の地図上に自分が行った目的地、或いは
途中経路を赤鉛筆などで印し、その地図を
最終的には真っ赤にすることを「地図遊び」
と言います。

一方、
元々は、一眼レフカメラに接続することで
緯度、経度、標高、方位が画面上で確認でき、
万が一の際にも自分の位置が確認可能と
するために購入したカメラアクセサリーの
「GPSユニット」でしたが、Google Earth上に
歩いた経路のデータを重ねることで、電子版
地図遊びを3年程前から始めています。

全データ_20170305_451
2014年5月から現在までのデータ
関東甲信越と、範囲は限られていますが
色付け部分が増えてきました。

自宅_深谷_20170304_451
昨日、2カ月遅れの新年会が埼玉県の
深谷であり、自宅から会場までGPSユニットを
付けて歩いてみました。

帰宅後、GPSユニットからPCにデータを転送し、
Google Earth上に軌跡を表示させ、更に経路の
高度プロファイルを表示させることでアップダウン
が分かるのですが、距離19.6kmで高度の上昇は
205m(累積値)でした。

やはり関東平野部ということで、アップダウンが
とても少ないロードの旅でした。

機会があればまたチャレンジしたいですが、
今度は車の少ない道を選びたいと思いました。
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Posted on 2017/03/05 Sun. 18:08 [edit]

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城跡巡り ~腰越城跡編~ 

今回は、埼玉県小川町にある腰越城で、先週行った
中城の隣に位置します。


20170218_IMG_3506_449.jpg
県道からの入口には案内標識が設置されています。

20170218_IMG_3507_449.jpg
1~2分ほど行くと、趣のある門が立てられています。

20170218_IMG_3508_449.jpg
丸太で造られた階段の道を登ります。

20170218_IMG_3515_449.jpg
山頂から小川方面
曇り空でしたが、筑波山が良く見えました。

20170218_IMG_3523_449.jpg
山頂

以下、現地案内板より引用

腰越城跡は、槻川に三方を囲まれた天然の
要害に築かれた、典型的な中世戦国時代の
山城です。
最高所である本郭は標高216メートルを測り、
正面(東)にむいては小川盆地方面や青山城跡・
高見城跡などの山城を良く眺めることができます。
 城は本郭を中心に、二の郭、二押しの郭、帯郭
など大小17にものぼる郭と呼ばれる平場があり、
その周囲を竪堀、堀切などで区画されています。
特に、寄せ手の兵士が横に走るのを防ぐための
竪堀が多く用いられてことがこの城の大きな特徴
です。また、「隠小口(かくしこぐち)」「囮(おとり)
小口」と呼ばれる巧みに組み合わされた小口の
造りや、本郭に至るまでの複雑な
通路の配置もこの城を特色づけています。
 また、この城跡には「北城山」、「南城山」と
いった直接城跡を表す小字名や、麓には
「榎木戸(えのきど)」といった城への入口を
思わせる地名も残っています。

20170218_IMG_3527_竪堀堀切_449
竪掘、堀切

Posted on 2017/02/19 Sun. 21:07 [edit]

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城跡巡り ~中城編~ 

今回行った城跡は、埼玉県小川町にある
中城です。

築城年代は定かではない様ですが、 鎌倉時代は
猿尾(ましお)太郎種直、室町時代初期には
斎藤重範の居城であったと伝えられ、戦国時代
は腰越城主山田伊賀守直定の支城であったと
されています。
後の江戸時代には、旗本金子伊予守の陣屋が
置かれていたとのことです。

20170212_IMG_3486_468.jpg
城内には仙覚律師(せんがくりつし)の記念碑が
建てられています。

仙覚は、鎌倉時代の僧侶(天台宗)で、建仁3年
(1203年)常陸(ひたち)国に生まれ、「万葉集」の解読
に半生をささげた人で、著作した「万葉集註釈
(ちゅうしゃく)」は、以後の万葉集研究の基礎を
なしているといわれています。

20170212_IMG_3491_本郭01_468
北側の郭から外側は高さが5mもあり、また急傾斜と
なっています。

20170212_IMG_3489_本郭02_468
西側も大きな段差がとられています。

20170212_IMG_3495_梅
帰路、日当たりの良い場所では梅が
満開となっていました。
春近し!
冬晴れの真っ青な空に花弁の白が
映えます。

Posted on 2017/02/12 Sun. 15:57 [edit]

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古墳を訪ねて 

今回は城跡ではなく、戦国時代から更に
過去へさかのぼって、造られたのが七世紀
後半と考えられている古墳を訪ねました。

行ったのは埼玉県小川町にある、
穴八幡(あなはちまん)古墳です。

20170204_IMG_3471_447_1.jpg
正面

20170204_IMG_3475_447_1.jpg
東側面

この古墳は、巨大な横穴石室を備える古墳として、
昭和34年に埼玉県指定史跡に指定されました。
古墳の形は、昭和63年の発掘調査や測量調査に
より、周囲に二重の周塀を備えた方墳であること
が確認されました。
造られた時期は、埴輪が出土しないことや前庭部
から出土した須惠器から古墳時代終末期、7世紀
後半と考えられ、小川盆地の古代文化を考える
上で非常に貴重な存在です。
(現地案内板より一部引用)

戦国時代だけでなく、今回のような古墳を訪ねる
旅もまた面白くなってきました。

Posted on 2017/02/04 Sat. 23:53 [edit]

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城跡巡り ~越畑城編~ 

今回訪ねたのは、埼玉県嵐山町の越畑
(おっぱた)城跡です。

ここは以前行った杉山城と四津山城との
間にありますが、山の頂に築かれた小規模
なもので、しっかりした堀や土塁などの防禦
施設は見あたらず、簡単な浅い堀で仕切られ
た3つの郭で構成されていました。
築城の年代や城主などのはっきりした記録は
残されてはいない様ですが、室町時代にこの
地方が多くの戦乱に巻き込まれた際、鎌倉
街道を見下ろして、敵の動きを監視する砦と
して設けられたものと考えられている様です。

ただ、山の頂近くの半分は関越自動車道
が貫いており、工事で姿を消してしまったと
のことです。

20170128_IMG_3456_446.jpg
現在はこの通り、関越道が貫いています。
陸橋を渡って反対側へ行きます。

20170128_IMG_3460_446.jpg
左が下り車線。
土曜日なのでスキー場方面へ向かう
乗用車が多かったです。

20170128_IMG_3462_446.jpg
山頂付近には小さな神社が建てられて
います。

20170128_IMG_3461_446.jpg
針葉樹がなければ、鎌倉街道の方角は
とても見通しが良く、監視に適した場所
と言えます。

20170128_Oppata_Sugiyama_445_2.jpg
隣の杉山城まで行ってみました。
山を下れば直線の舗装路で結ばれており、
25分程で山頂へ到着しました。
とても近い「お隣さん」だったようです。

20170128_IMG_3463_446.jpg
杉山山頂

20170128_IMG_3464_446.jpg
杉山からは、男体山や奥白根山など、
雪をいただいた奥日光の山々が良く見えました。

当時の城主はこの景色をどんな想いで見て
いたのでしょう・・・
こんな風に考えるのも、城跡巡りの楽しさでも
あります。

Posted on 2017/01/28 Sat. 18:20 [edit]

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