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愛犬&山旅生活 with EOS

愛機 Canon EOS 5D MarkⅢ、kissX7で、我が家の愛犬や山旅風景を撮影する、写真ブログです。

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三峯神社-Ⅱ 

前回「三峯神社」のつづきです。

9W1A1784_20150615_385鳥居
駐車場から3~4分程で鳥居の前に出ます。
「三ツ鳥居」と言われる珍しい様式です。
この鳥居のすぐ前には、三峯神社の御由緒が記されています。
以下全文

 当社は今から1900年余の昔、日本武尊が東国の平安を祈り、
伊弉諾尊、伊弉册尊、二神をお祀りしたのが始まりです。
尊の道案内をしたした山犬(狼)が、お使いの神です。三峯
の名は神社の東南にそびえる雲取、白岩、妙法の三山が美しく
連なることから、三峯宮と称されたことに因ります。
 奈良時代、修験道の開祖役小角が登山修行したと伝え、天平
八年国々に疫病が流行した折、聖武天皇は当社に葛城連好久を
使わして祈願され、大明神の神号を奉られました。
 平安時代には僧空海が登山、三峯宮の旁らに十一面観音像を
奉祀して天下泰平を祈り、以来僧侶の奉仕するところとなり
ました。
 鎌倉時代、畠山忠重が祈願成就の御礼として十里四方の土地を
寄進しました。また戦国時代には月観道満が諸国を歓進して
天文二年に社殿を再建し、中興の祖と仰がれています。
 江戸時代、関東群代伊奈半十郎検地の折、三里四方を境内地
として除地され、寛文元年現在の本殿が造営されました。
 享保年間には日光法印が社頭の復興に尽し、御春属信仰を
広めて繁栄の基礎を固めました。寛政四年に随身門(仁王門)、
同十二年には拝殿が建立され、幕末まで聖護院天台派修験、
関東の総本山として重きをなし、幕府から十万石の格式を
もって遇されました。
 明治維新の神仏分離により社僧を罷め仏寺を閉じ神社のみと
なりました。明治六年郷社、同十六年県社に列せられ、戦後
官制廃止により宗教法人三峯神社として現在に至っています。

9W1A1807_20150615_385.jpg

9W1A1810_20150615_385拝殿正面
樹齢800年の神木が鳥居のようにそびえ立ち、その間を
登ったところが拝殿となっています。
寛政12(1800)年の造営、平成16(2004)年に彩色復元
とのことで、とても綺麗な色合いです。

9W1A1803_20150615_385_拝殿本殿
拝殿のすぐ奥に本殿が建っていますが、やはり装飾彫刻に
目を奪われます。

9W1A1815_20150615_385日本武尊
境内には、神社の創始者とされる日本武尊の銅像が
建てられています。
東征の途中この地に登り、遥かに国中の地理を見渡し、
神威の擁護を願い、仮宮を造営してイザナギノミコト、
イザナミノミコトを祀ったことに始まります。

今回、三峯神社への参拝は初めてでしたが、自宅から
2時間足らずで行ける場所にこの様な立派な神社が
あること、改めて感動しました。
ここは標高1100mの高地にあり、平野部より6~7℃は
気温が低いので、これからの季節にお薦めです。
是非またゆっくり行きたいと思います。

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Posted on 2015/06/18 Thu. 17:41 [edit]

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